大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和37年(行)56号 判決

原告 森高明 外一名

被告 池田市長

主文

原告らの請求趣旨一の(二)の訴をいずれも却下する。

原告らの請求趣旨一の(一)の請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

原告らは

「一、被告が池田市石橋町甲二四六番地の一溜池一町二反一畝二五歩につきなした

(一)  昭和三六年一二月一日、和田益太郎、大路惣一、村西茂作及び白井義雄に対する売買に因る譲渡処分

(二)  同年一二月二二日なした右売買に付せられていた池田市の有する「買戻権者池田市、売買代金二千二百万円、契約費用なし、買戻期間昭和三七年一二月一日」なる買戻特約権の抛棄処分

はいずれも無効なることを確認する。

二、訴訟費用は被告の負担とする。」

との判決を求め、請求原因として、

一、原告らはいずれも池田市の住民である。

二(一) 池田市石橋町甲二四六番地の一溜池一町二反一畝二五歩(通称山池、以下本件土地という)は池田市の市有財産であつたところ、被告池田市長は昭和三六年一二月一日、これを訴外和田益太郎、大路惣一、村西茂作及び白井義雄に対し随意契約による売買に因り譲渡し、同月二一日その所有権移転登記を了した。

右財産処分行為は地方自治法(昭和三八年法律第九九号に依る改正前の規定、以下単に法という)第二四三条第一項により普通地方公共団体の財産の売却は原則として競争入札に依らなければならないとされているのに随意契約によつた点で明かに違法であり、この違法による瑕疵は重大明白であつて財産処分行為を無効ならしめるものである。

(二)  右売買については池田市は右買受人等に対し「買戻期間を昭和三七年一二月一日、売買代金二千二百万円、契約費用なし、」とする買戻特約権利を留保し、前記所有権移転登記と同時にその旨登記していたところ、被告池田市長は昭和三六年一二月二二日この買戻特約権利を独断で抛棄し、同日権利抛棄による特約登記の抹消登記をなした。

右買戻特約権の抛棄は市の財産上の権利の抛棄なることが明かであるから法第九六条第一項第八号による議会の専決事項であり、議会の議決を得てしなければならないのにこれによらずしてなした点で明らかに違法であり、この違法による瑕疵は重大明白であつて右権利抛棄を無効ならしめるものである。

三、ところで原告らはいずれも前記住民たる地位に基いて法第二四三条の二第一項により池田市監査委員に対し

(一)  原告森高明は昭和三七年九月一一日付をもつて前項(一)記載の被告の違法行為に対する監査の請求を、

(二)  原告重山芳之助は

(1)  昭和三六年一二月二五日付をもつて前項(一)記載の、

(2)  昭和三七年八月一九日付をもつて前項(二)記載の

被告の違法行為に対し、それぞれ監査及び違法行為是正の措置の請求を行つた。

四、これに対し池田市監査委員は、

(一)  原告森高明の前項(一)の請求に対しては昭和三七年一〇月一日

(二)  原告重山芳之助の前項(二)(1)の請求に対しては昭和三七年一月一六日、同(二)(2)の請求に対しては同年九月七日

それぞれ市長の処分は違法ではない旨の監査結果通知をした。

五、然し乍ら原告らは第二項記載の市長の処分はそれぞれ違法無効であると考えるので右監査委員の措置には不服であるので法第二四三条の二第四項により、前記市長の財産処分行為の無効確認を訴求する

と述べ、被告の抗弁に対し、

一、池田市契約条例第四条に被告主張の如き定めあることは認めるも、

(一)  大阪府会計規則第八にはこれと同一事項を規定してあるが、再度の入札に付しても落札者のないとき随意契約によることが出来ると規定してあり、池田市条例には「再度」の字句はない。法第二条一四項には「市町村及び特別区は当該都道府県の条例に違反してその事務を処理してはならない。」同一五項には「前項の規定に違反して行つた行為は無効とする。」とあり、右池田市条例第四条の定めは大阪府会計規則第八に違反抵触し、「再度」の入札を待たずして随意契約によることは無効であり、

(二)  本件につき競争入札を行つたとする主張はこれを争う。尤も昭和三六年二月七日に外形上入札手続の如きものを行つたことはあるが、その実態は次の如く公正な競争入札とはいゝ得ないものである。即ち、市は本件入札に関し議会の同意を得ることなく「競争入札者は地元水利組合長の認印なきものは入札に参加し得ず」との限定条件を付し、入札希望者二十数名が組合長の認印を受くべく再三再四交渉せるに言を左右にして僅か中井梅太郎及城南建設のみに認印を与え、他は全部入札をなし得ざる如くし、また昭和三六年二月二日、市において入札心得の説明及び現地視察をなしたるに、中井梅太郎は突然本件土地に立入禁止の仮処分をなして入札を妨害し、結局同年二月七日には前記二名のみで入札を行い、他の二、三名は止むを得ず認印なきまゝ入札した状態である。以上要するに被告市長は始めから中井梅太郎に売却せんことを企図し、再三市議会に対し同人に随意契約をもつて売却する如く申し出でつつあつたが不成功とみるや、本件公入札の形式を藉り乍ら実質上は第三者の入札を排除すべく工作したもので、かゝる状態で行われた入札が前記市条例第四条の予定する公正な競争入札といえないことは明らかであるから、これによつて入札手続を先行せしめたものとして随意契約に及ぶことは許されない。

二、買戻特約権利の抛棄につき、買戻の懸念なく市の不利を招く事実の発生が予想されなかつたから議会の議決を経なかつたというが、苟くも官公吏は多少迂路もあり時間の空費又自己の意見があつても法令で規定されたことは事の如何に拘らず之を誠実に実行すべきであり、法令を無視して独断実行することは許されない。

三、買戻期間を経過したから無効確認の利益なしというが、本訴は原告らの私法上の財産権の主張をする訴ではなく、被告の行為の正当か否かを裁判上明かにせんとするものであるから、その主張は失当である。

と述べ、

原告重山は、さらに事情として、

一、被告は昭和三四年頃から中井梅太郎と策謀し本件土地を同人に売渡すべく計画し、同年九月二三日、同人がその当時の所有者石橋実行組合から山池の水利権の譲渡を受けたのを知り乍ら、これが排除の手続をとらず黙認して監督の責務を尽さず、かえつて昭和三五年一月一〇日頃これが寄付を受け入れ、然る後、本件入札手続に及んだこと、そうして、本件入札で敷札に達しなかつたとして再度入札も行わずして中井梅太郎の一派と考えられる本件の四名の者に随意契約で売却し、そして間もなく買戻特約権利を抛棄すると同時に四名の買受人から中井梅太郎に所有権移転登記をなさしめていること等からして、明らかに本件は被告が初めから中井梅太郎一人に買得せしめようとした工作である。

二、因みに本件土地の当時の時価は坪当り三万円を下らないと考えるのにこれを僅か二千二百万円で売却して市に多大の損害を蒙らしめた。

と附陳した。

被告訴訟代理人は「原告らの請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする」との判決を求め、答弁として、本件土地が市有財産であつたところ、被告がこれをその主張の日、主張の者に随意契約による売買譲渡し、右売買譲渡に付その主張の日、主張の様な買戻特約を付し、その主張の日右買戻特約の権利を抛棄し、買戻特約の権利抛棄につき議会の議決を経ていないことは認める。

と述べ、抗弁として、

一、法第二四三条は法令に特別の定がある場合の外市の財産の売却は競争入札に依らなければならないが市条例で売却方法を定めてある場合に該当するときは競争入札に依らなくてもよい旨を規定している。

池田市契約条例第四条には「競争入札に付しても入札者又は落札者がないとき、若しくは落札者が契約を結ばない場合においては随意契約によることができる」との定めがあるところ、本件土地の売却については、市長は昭和三六年二月七日競争入札の方法に依りこれを売却することとし、入札を行わしめたが入札者は何れも入札の代金額が低額で敷札の金額に達せず落札者が無かつたので右条例により随意契約によつたものである。

二、買戻特約権利の抛棄をしその登記をなした当時最早や市が買戻権の行使を行わなければならない様な懸念が全く無く、市の不利を招く事実の発生の予想もなかつたので議会の議決を経なかつたものである。

なお、買戻期間の最終日(昭和三七年一二月一日)は既に経過しているから今日もはやこの無効確認を求める利益は存しない。

と述べた。

(証拠省略)

理由

(原告らの出訴資格)

原告らがいずれも池田市の住民であつて、本件において無効確認を訴求する被告市長の各処分行為につき、それぞれ請求原因第三項に主張する様に監査若しくは違法行為是正の措置の請求をし、これが容れられなかつたものであることは、成立に争のない甲第三乃至六号証の各一、二と原告に対する期日呼出状の送達報告書の記載並びに弁論の全趣旨(被告がこの点を明らかに争わないこと)によつて認められる。されば、原告重山芳之助が請求の趣旨一の(一)(二)の各訴につき、原告森高明が請求の趣旨一の(一)の訴につき各その出訴資格を有することは明らかであるが、原告森高明は請求趣旨一の(二)の訴については自己の監査等の請求を経ていないこととなるので、同原告につきこの部分の出訴資格はないので、同原告の本件訴中、この部分については不適法として却下を免れない。

(原告らの請求の趣旨(一)の請求について)

本件土地が池田市の市有財産であつたところ、被告は池田市の管理者としてこれを昭和三六年一二月一日、訴外和田益太郎等原告ら主張の四名の者に売買に因り譲渡し、同月二一日、その所有権移転登記を了したこと、右売買契約は競争入札に依らずして随意契約によりなされたことは当事者間に争ない。原告らは右競争入札に依らなかつたことは、地方自治法第二四三条(昭和三八年法律第九九号に依る改正前の条項、以下同じ、単に法第何条という。)に反して売買を無効ならしめると主張し、被告は、右は池田市契約条例第四条一五号によつて競争入札に付しても落札者がない場合に該当し随意契約によることが適法な場合であると主張するので判断する。

証人照内善十郎、同藤阪勇治郎、同上羽秀一の証言とそれらにより成立の認められる(但し原告重山はその成立を争わない)乙第二号証の一、二、同四号証の一、二、同五号証と成立に争のない乙第三号証とによれば、被告市長は、本件土地の売却につき、始め昭和三五年一二月の市議会において競争入札によつて売却することの議案を提出して出席議員の三分の二を超える賛成多数でその旨議決され、これに基いて、昭和三六年二月七日一旦競争入札を行つたが入札者は中井梅太郎外一名のみでしかもいずれも敷札の金額に達しなかつたこと、そうして被告市長は、同年一一月二四日の市議会に前記昭和三五年一二月二三日議決を経た本件土地の処分にあたり「競争入札による」とあるのを「随意契約による」と更正する議案を提出し出席議員の三分の二を超える賛成多数でその旨議決され、これに基き本件売買契約を締結したものであることが認められ、他にこれに反する証拠はない。そして成立に争のない乙第一号証の一、二によると池田市には市条例として池田市契約条例があり、その第四条にはとくに随意契約によることができる場合を規定しその十五号に「競争入札に付するを不利又は不適当と認めるとき、競争入札に付しても入札者又は落札者がないとき若しくは落札者が契約を結ばない場合」との規定がなされていることが認められる(この点は原告らも争つていない)。

原告らは先ず右契約条例第四条一五号の定めは大阪府会計規則に反し、ひいて法第二条一四、一五項によりこの規定によつた行為といえども無効であると主張するが、大阪府会計規則なるものは大阪府が包括する市町村とは別個の、独立した法人格としての大阪府それ自身の内部的会計上の規定であつて大阪府自体の会計処理上の法規たるに止り、地方公共団体としては別人格である池田市を拘束するものではないと解するから、右会計規則にかゝる場合「再度の入札」に付すべき旨の定めがあり、右池田市条例にこれを欠いていたとしても、そのことは何ら法第二条一四項にいう都道府県の条例に違反する場合には該らないというべきであり、また、右大阪府会計規則の如く「再度の入札」を要件とすることの方がより慎重であり法第二四三条の精神により適合するということは言い得ても、これを要件とせず一回の入札で入札者又は落札者がないとき直ちに随意契約によることができることと定めても直ちにこれが法第二四三条に違反する定めであるとも言い得ない。

次に原告らは前記入札は結局において形式的仮装的なもので、法及び条例に予定する公正な競争入札の行われた場合に該らないと主張するので判断する。右契約条例第四条一五号の定めに基き随意契約に依ろうとするためには、勿論その前提として競争入札が行われなければならないものではあるが、随意契約自体を無効ならしめる瑕疵としては、全く入札が行われなかつたのにこれが行われたものとして随意契約に依ることなのであるから、入札手続に些少の瑕疵があつても、これにより直ちに随意契約によつたことを無効とすべきではなく、右入札手続の瑕疵が全く公正な競争入札が行われなかつたと同一視すべき程度の重大明白な瑕疵となつた場合にはじめて随意契約によることが無効となると解すべきである。ところで原告らも昭和三六年二月七日に前記入札の手続が行われたことはこれを明らかに争わず、たゞその主張する様な瑕疵があつてこれが公正な競争入札が行われなかつたと同一視すべき場合であると主張するので、以下原告らの主張に則して逐次検討することとする。

先ず原告らは右入札には議会の同意を得ることなく「競争入札者は地元水利組合長の認印なきものは入札に参加し得ず」との条件を付した点を違法と主張する。かかる条件が議会の同意を得ずに付されたことは被告も明らかにこれを争わないところであるが、証人照内善十郎、同藤阪勇治郎、同上羽秀一の証言によると本件土地はもともと地元石橋水利実行組合のものであつて、この土地を売却するとなると、それは溜池を廃止することとなり、地元水利権者らの利害関係が大きいので、売却の後の落札者の如何によつては紛議の生ずる虞なしとしないので従前その池の水利に関与していた者達の意思を全然無視するわけにいかず、水利組合の同意を得ることを入札資格の条件に加えることがよいとの被告市長の行政上の判断に基いてなされたものであることが認められ、他にこれに反する証拠はない。市長が右の様な配慮から右の様に入札資格を制限することはとくに前段認定の昭和三五年一二月の市議会の議決(競争入札による)において何ら入札資格の制限をしてはならない旨の議決のなされた事実の認められない本件の場合にあつては市長の行政上の自由裁量権の範囲内に属し、何らこれを違法乃至権限踰越の行為であるということはできず、且つ前記認定の様な事情にある本件土地の売却につき、右の程度の入札資格の制限を付したとしてもこれをもつて公正な競争入札が妨げられ、それによつて入札が行われなかつたと同一視すべき程度の瑕疵に至るとは到底解せられない。

次に原告らは被告市長は右制限を付した上「入札希望者二十数名が組合長の認印を受くべく再三再四交渉せるに言を左右にして僅か中井梅太郎及城南建設のみに認印を与え、他は全部入札をなし得ざる如くし」たと主張し、証人上山悟の証言によれば入札を希望する者は二十名内外に及んだとのことであるが、被告市長が水利組合長らをしてそれら入札希望者を積極的に排除せしめる様な工作をしたこと及び右の者らが現実に認印を求めんとしてこれを拒絶されたことを積極的に認めるに足る証拠はなく、かえつて証人照内善十郎、同藤阪勇治郎の証言並びに証人上羽秀一の証言及びこれにより成立の認められる乙第七号証とによればそういう事実はなかつたことが認められるので、この点の原告らの主張は結局これを証するに足る証拠がなく採用することができない。

次に原告らは、昭和三六年二月二日、市において入札のため現地視察をなした際、訴外中井梅太郎が突然本件土地に立入り禁止の仮処分をしたために入札が妨害されたのに、入札を強行したと主張し、成立に争のない甲第八号証に証人上山悟の証言によると、その当日その様な仮処分がなされた事実は認められるが、これにより入札希望者が土地の見分をすることが不可能となつたと認められるまでの証拠はなく、かえつて証人上羽秀一の証言によると説明会において充分に説明が尽されていることが認められる。のみならず、仮に右仮処分によつて入札希望者が充分に本件土地の様相を知ることを得ないまゝ入札が施行されたとしても他に右説明会や文書上の調査の方法も残されているのであるからその点の瑕疵は単に処分を不当ならしめる程度の瑕疵に止り、これがため公正な競争入札が行われなかつたと同一視すべき程度の重大明白な瑕疵があるとは言い得ない。よつて、この点に関する原告らの主張も失当である。

以上のとおり、本件の場合入札手続に公正な競争入札が行われなかつたと同一視すべき程度の重大明白な瑕疵は見出されず、従つて入札を経ずして随意契約に依つた場合ということを得ないのみならず、前記認定のとおり被告市長は更に重ねて昭和三六年一一月二四日の市議会で随意契約によつて売却することの具体的な議会の同意を得ているのであるから、本件の場合被告市長が随意契約によつたことにはこれを無効とする様な違法は存しないものというべく、これが無効確認を求める原告らの請求は失当として排斥を免れない。

(原告重山の請求の趣旨(二)の請求について)

前記売買契約については池田市のため「買戻期間を昭和三七年一二月一日、売買代金二千二百万円、契約費用なし」とする買戻特約権を留保し、前記所有権移転登記と同時にその旨登記していたところ、被告市長は市の管理者として昭和三六年一二月二二日この買戻特約権利を議会の同意を得ることなく抛棄し、同日権利抛棄による特約登記の抹消登記をしたことは当事者間に争いない。

右買戻特約権も市の財産上の権利であることは明らかであるから、これが抛棄には法第九六条第一項第八号により議会の議決を経べき事項であつて、議会の議決を経ることなく抛棄することはこれに牴触する行為であるというべきところ、被告は、その抛棄をなした当時もはや市が買戻権の行使を行わなければならない様な懸念が全くなく市の不利を招く事実の発生の予想もなかつたから議会の議決を経なかつたもので、違法ではないと主張するが、いやしくも法第九六条第一項各号の事項は、議会の専決事項であつて法は管理者の自由裁量により議会の議決を経ないでこれらの処分をすることを許容しない趣旨と解すべく、この意味で本件特約権の抛棄処分がこれに牴触して違法性を帯びるものであることは免れ得ないところである。従つて、被告の本件処分が議会の同意を得ずとも違法ではないとの主張には直ちに同調し得ない。

しかし、原告の主張自体からも明かな様に本件買戻特約権利の買戻期間は昭和三七年一二月一日であつて本件口頭弁論終結時既にこれを経過してしまつたことは明らかであり、たとえ、この権利抛棄がなされなかつたとしても、もはやこの特約権利を行使するに由なくなつたことは明らかである。従つて、現時点においてこれを遡つて無効なることを確認しても、もはやそれは本件土地の権利関係に何らの変動を及ぼさないから、これが無効確認を求める利益は存しないというべきである。原告は、本訴は単なる私法上の財産権を主張する訴ではなく、被告の行為の正当か否かを裁判上明かにせんとするものであるから買戻期間の徒過は訴の利益に消長を及ぼさないと主張し、結局、本訴においては単純な違法宣言を求め得る趣旨の主張と解せられるところである。成程、法第二四三条の二第四項の訴が地方公共団体の住民に対し、地方公共団体の職員の違法若しくは権限外の行為を防止し、又は匡正する手段として与えられた特別の訴権であることは認められるけれども、右は、地方公共団体の職員の違法若しくは権限外の行為によつて、地方公共団体に対しその財産権上の不利益乃至損害が発生し又は発生せんとする場合、地方公共団体の管理者等においてこれが適切な防止又は取戻若しくは損害補てんの手段を講じないため、地方公共団体の利益が犯される場合において、それは結局納税者たる当該地方公共団体の住民全体の利益が犯されることとなることに鑑み、その住民全体の利益に立脚し、これを擁護して地方公共団体の財産上の損失を保全するため住民全体に代り、法第二四三条の二所定の手続を践んだ者がとくに当事者となつて争訟を提起し得べきことを定めたものであり、右地方公共団体の利益が害される場合というのは、当該違法若しくは権限外の行為によつて具体的に財産権上の利益が失われ又は侵害される場合をいうものであると解すべきであるから、たとえ、違法乃至権限外の行為が行われても、これによつて地方公共団体が何ら財産権上の得失を生じない場合に、単純に行政の姿勢を正す目的だけからその違法宣言を求めることは本条による争訟の予定したところではないと解する。従つて本件においても、本件特約権利の抛棄の無効を確認し、これが無効なることを前提として本件土地に対する市の法律上の地位に何らかの変動を来すべき特別の事情の存する場合であれば格別、かゝる事情のないかぎり、単純な違法宣言と効果の異らない無効確認を訴求することは法第二四三条の二第四項によつてもなし得ないところというべく、本訴において原告は右特別の事情の存することにつき何ら主張立証をしないので、結局本訴請求は訴の利益のない場合というべきである。なおまた本件において本件特約権利の抛棄がなければ、その買戻期間内に池田市においてこれが買戻権を行使すべき事態の発生し、かつこの期間内において買戻権を行使し得なかつたことによつて池田市に対し具体的な財産上の損失を及ぼすものであつたとの事情の存する場合(原告はかゝる事情の存在を主張、立証しない)においても、原告は、これを理由として直接池田市長武田義三に対し損失補てんの請求をなし得べきものであつて、単にその前提問題にすぎない処分の違法の宣言に異らない無効確認を独立して訴求することは(右損失補てんの請求における中間の訴としてなら格別)法律上の利益を欠くものというべきである。

故に原告重山のこの点の訴はその利益を欠くものとして却下を免れない。

(結論)

よつて、原告らの請求趣旨一の(二)の訴は、原告森については出訴資格がなく不適法であり、原告重山については訴の利益がないのでいずれも却下し、原告らの請求趣旨一の(一)の請求については理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石崎甚八 潮久郎 安井正弘)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例